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場所によるのでしょうが、円覚寺の中でも、紅葉の具合はいろいろなのです。
赤い紅葉。
赤くなりかけの紅葉
まだ赤くない紅葉。でも、背景のボケが赤だったり、黄色だったりなのは、上のほうの紅葉が紅葉しているからなのです。低いところの葉っぱは、これぐらいの大きさで撮れるので、紅葉ボケが撮れてうれしい。
逆に、赤くなりかけの紅葉の背景が紅葉していない紅葉ボケってのも撮れました。この上下の2枚が寄れていて、私は好きなのです。アポランター様は完全なマクロじゃないんだけど、closed focusって、名前についているのですが、これは、結構寄れるからついている名前らしい。
この紅葉具合が、円覚寺を訪れる皆さんのお気に召していたようで、ここ、すっごい写真スポットになっていました。
京都の紅葉だと、本当に真っ赤な豪華絢爛な紅葉のイメージがありますけど、あんまり赤くなると、この下の画像みたいに、ちょっと枯れて来ちゃうのです。鎌倉だから仕方ないのかしらねぇ。
円覚寺の写真はこれでおしまいですが、まだ、紅葉の写真があるのです。次は長谷寺の紅葉。見るだけで寒いよ。
なんか、日芸写真科のお兄さんみたいな人が写ってしまいました。お兄さんはこっちから手前側のアングルを狙っていたのですが、家人は、この場所は絶対逆光のこちらのアングルが良いといい、以前撮った家人の写真を見て、確かにこの逆光の感じがよいと思ったので、撮ってみました。私は風景に人物を入れるのをほとんどしないのですけれど、今回はこれ以外にも数枚撮っていて、皆さん、カップルで楽しそうに紅葉狩りを愉しんでいらっしゃって、そんな幸せな情景をわけていただけるので、写真で人物を撮るというのも良いものだなと思った次第。
フル装備で一人で来ているカメ男さん達よりも携帯電話のカメラで写真撮っているカップルの方が幸せそうなのは、どうしてなんだろう。
冬に赤い実がなるものはたくさんあります。お寺によく植えられているのが、こちら。これは、万両。実の形は大きさもほとんど一緒なのだけど、葉っぱの上に実が成っている千両っていうのもあります。実って頭を垂れているという意味で千両より万両の方がお金持ちってことで、下に実が成るのが万両と名付けられたらしいです。
ちなみに、百両と十両ってのもあるらしいんですが、百両も十両も万両と一緒で葉っぱの下に実が成ります。でも、万両よりもずっと背が低くて、実の数も少ないから百両と十両っていうらしいです。百両と十両の違いは?と考えますが、これも背の高さと実の数なんだそうです。っていうことは、何個以上とかあるのか?
それはそれとして、万両と百両と十両は同じ藪柑子科(やぶこうじと読むらしい)で、千両は千両科なんだそうですよ。
あとは、常磐道に植えられているピラカンサスとかのど飴に使われる南天とか、赤い実が成るものは多いのですが、区別できても、覚えられないので、千両と万両はここでまとめておくのです。今度テストに出すよ。
いや、蘊蓄は抜きにして、素直に、この透明感のある赤い実を楽しむのが幸せです。
レンズ欲しい病にかかっていたので、土曜日は仕事だったのですが、時間を捻出して、中野に行ったのです。すでに生産中止になっているapo-lantharの90ミリっていうレンズが、中野のカメラやさんにだけ、売っているので、これが欲しくて欲しくて、もう、夢に出てくるぐらいだったのです。紅葉を撮るために何が私に必要かって数週間、延々、考えており、ソフトレンズを購入するというのも考えたのです。でも、ソフトな描写っていうのは、ピンぼけとは違うわけで、やっぱり、私にはアポランターが必要なんじゃないかとという結論に達したわけですよ。
んで、ちょっと店を探して、カメラやさんに到着。大手家電店とは異なる雰囲気にちょっと私はびびったけれど、普段、名前だけで見たことのなかったレンズやカメラを見て、もううっとり。アポランターのアポっていうのは、アポクロマートとかいう赤と緑と青の3色で色補正をしているちょっと手数のかかったレンズであるっていう意味なんだそうで、家人が嬉しそうに教えてくれたので書いておくけど、そんな意味なんて別にどうでもいいけど、アポランターのレンズの先端に赤と青と緑のラインが引かれているのが素敵なのだ。自称フランス人、時々イタリア人の私には故郷を思い出す色使いだから。
というわけで、外見も気に入って、ご機嫌で帰ってきました。本当はそのカメラやさんでレンズ買ったら、そのまま店の外に出たとたん、試し撮りするものらしいんですが、(私の直前にレンズ買った人がそうしてた)カメラはバッグの底に入れていたので、できず、中野っぽくない野菜のおいしいワインバーみたいなところでボージョレーヌーボーを飲み、満を持して電車の中であけようとしたら、それはやめてくれと家人に言われ、家に帰るまで我慢しました。
そして、やっと使い初め。da40からレンズを交換したとたん、すっきりした色合いの紅葉が迫ってきて、撮ってみたら、あれ?私写真、すっごくうまくなった?って勘違いできるぐらい、幸せになれました。
というわけで、これからは、常備レンズとして、持ち歩くことに決めました。んで、家人を筆頭に、円覚寺をデジイチや一眼レフをぶら下げて歩いている人たちのすべてに、アポランター使うといいと思うよ。ってお勧めしながら、歩きたい気分になりました。たとえば趣味が釣りだと良い道具を教えたら、自分の分け前が減ってしまいますから、良いものを勧めることはなかなかできないようですが、被写体は写真撮っても減らないので、良いものを勧めるいい人になれるのだな。
んで、購入した数日後に、私の買ったペンタックスマウントだけが2千円値下がりしたのをWEBで発見し、わずかにショックを受けたわけですが、でも、ピンチはチャンスってことで、同じく二千円期間限定で値下がりしたアポランターの180ミリを買いなさいという写真の神様のお告げなんじゃないかと思っているところです。
50センチまで寄れるので、マクロっぽくも撮れます。枯れたあじさいの黒ずんだ花びらの切ない感じが写っているでしょ?と熱烈自画自賛中。
この三連休は鎌倉観光のピークだったのかもしれません。そのピークの日に、なんで、北鎌倉で一番メジャーだと思われる円覚寺に行かねばならないのか、後日、家人とよくよく話あってみなければなりません。新しいカメラを買ったので、本格的な試し撮りをしなくちゃいけない家人と、前の晩に新しいレンズを買って試し撮りをしなくちゃいけない私は、もっとゆっくり写真が撮れるところに行くべきだったのではないかと、語り始めたらとまらない呪詛の言葉はこれぐらいにして、円覚寺って、北鎌倉駅の寂しい方の改札を出て、すぐのお寺です。
広いのです。東慶寺の道路はさんで向かい側にあります。中に入って国宝の鐘楼を見ようとうっかり思ってしまうと、延々続く階段を登らないといけません。息あがっちゃったの?だめだなーーって言いながら、家人の背中を押してあげるような、そういう力強い人を目指しているのですが、心と身体が一致しない今日この頃でございますので、途中、隙を見て5回は休憩したような気がしますが、ぜいぜいしながら、登りました。登ったら、富士山が見えるんだ。
画像の中央向こう側にうっすら雲で半分隠れた富士山が見えるでしょうか。階段登ったところに鐘楼と弁天堂と見晴らし茶屋ってのがあります。その見晴らし茶屋から写しました。レンズキャップ代わりのda40なので、こんなものだと思ってください。
そして、鐘楼。突いちゃダメらしいです。
弁天堂にかけられていた絵馬です。思いっきり名前とお願い事が写ってますけど、願いごとの成就を、私も一緒に祈りたいと思います。自分の実力にあった学校を受験するなら、大きな願いじゃないように思うんですが、かといって、小さい願いだと聞き届けてもらえないような気もしますね。
その後、円覚寺の下の方に行ってみたら、至る所が秋でした。ということで、この後、新しいレンズに替えたら、あまりに上手に撮れてしまいましたので、出し惜しみして、今日はここまでda40で撮ったあっさりスナップだけアップしておきます。
次、すごいよ。こうご期待。